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集計結果

東日本大震災報道(3月11日〜31日)に対する視聴者の意見 QUAE特別調査報告書 1/6

1.今回の調査の概要
2.意見の種類別まとめ
3.特定のテレビ番組についてのコメント
4.まとめ


1.今回の調査の概要


先月25日から31日まで募集していた「東日本大震災」報道についてのご意見についての調査のまとめを報告します。今回のQUAEは、いつもの4つのジャンルの各5項目を5段階で評価するのではなく、3月11日におきた東日本大震災報道について、率直に感じたことを文章で表していただきました。

全体で27件の意見書き込みがありましたが、内、女性7人、男性20人で圧倒的に男性の書き込みが多かったです。でも、うちわけは、24歳女性から76歳男性までの幅広い層からなり、40歳代と60・70歳代の方が多く、特に70歳代の方が熱心な回答を寄せてくれました。平均年齢は59歳です。

今回寄せられた意見を集約すると、次のようになります。

災害情報、特に原発については、政府と東電に操作された内容では何を信用して良いのかわからない。不十分な情報が逆に不安を掻き立てる。
取材記者は知識不十分で、記者会見における質問がおざなり。情報源に対して追求が足りない一方、 態度は横柄だ。
とはいえ、テレビメディアの特徴は充分に発揮され、津波の凄さが十分に分かり、地震速報は事前に 準備の時間を与えてくれている。

2.意見の種類別まとめ

たくさんの意見が寄せられたことと、一人の人が多面的に語っているのでまとめにくい面もありましたが、ここでは、同一人のそれでも意見の種類別に分けて、意見をまとめてみました。 

(1) 情報源による発表
(2) 情報内容
(3) テレビ局の対応
(4) 取材の仕方・記者の態度
(5) 司会者・コメンテーター・専門家
(6) テレビの特性
(7) CM
(8) 提言
(9) その他
(10)内外メディア比較

(1)情報源による発表

今回の調査は「東日本大震災報道」についての意見募集であるが、視聴者の関心は当然、報道のもととなる情報源、ここでは主として東京電力、原子力安全保安院、そして官房長官をはじめ政府の発表に対する言及が多い。

■東電の記者会見最初の頃は会見中にゴチョゴチョ、打ち合わせをしてお粗末。原子力安全保安院の記者会見、西山英彦審議官はいつ見ても腹が立つ、自分は東京という安全地帯に居て、言うことも他人事に聞こえる。あのようなキャラは記者会見に出るべきでは無い。旧通産省、現在の経産省と東電は、天下りなど癒着振りは深いものがあると思う。今回の事故も地震、津波の危険の警告を無視してきた、政、官、財の癒着が一つの原因だと思う。(男72)

■本人のせいではないが保安院の広報担当者の顔は、真剣に見えない顔立ちであるので、この仕事に向いていないと思う。他に人はいないのであろうか。広報はことのほか重要であるので、日ごろから養成しておく必要がある。(女 68)

■東京電力や原子力保安院の記者会見が中継されるが、その無責任さというか、ヒトゴトのような態度に腹が立つ。(男 70)

このように、広報を担当する人のアピアランスの問題が今回は大きく取り上げられた。多くの方が被災されなくなった中では、やはり、それにどのように向き合っているかという姿勢・態度が大事である。この審議官は日ごろから広報担当としての訓練を受けていないであろうし、また、それにふさわしい人を保安院が選んでいるとも思えない。つまり、広報活動を軽視していた結果がこのようなときに露呈されたのではないでしょうか。

情報源についての問題は、結局、主要な情報源同士の職務分担が不明瞭なことと、事態に対する責任の所在がはっきりしないことが、結果としてのばらばらの発表につながっており、それが視聴者の不安感につながっていると思われる。それは以下の書き込みに表れています。

■この発電所の運営と危機管理に誰が責任を持つかも不明確で、最終責任は政府ということでしょうが、実務については、当然東電が責任を持つべきで、保安院も何のためにあるのかが良くわかりませんでした。事故の報道についても、しっかりとしたデータ・情報に基づいたものではなく、どこが故障しているのか分らず、また対策に必要なデータすら計測できない状態で報道していたことが良くわかりました。本来電源系統および冷却用ポンプがすべて不能になったということは、致命傷であるはずなのですが、当事者はこのことを隠して何とか処理しようとしたのが、国民を不安にしてしまったと思います。やはり、事前の危機管理(あらゆる最悪事態のシナリオに耐えうる対応策)がなされていなかったとしか思えません。(男 76)

そのほかに、次のような書き込みもありました。

■3/28 岩手県出身の小澤一郎が岩手に行ったが遅いと思う。挙句の果てに現政権批判、原発行政批判、原発に関しては自民党政権がやったことであり小澤にもかなり責任があると思う。(男72)

■「天皇陛下のビデオレターあれはなんですか。以前のドラマのセリフに「同情するなら金をくれ」というのがあったが被災者からみればまさにそれだと思う。(男72)

(2) 情報内容について

情報源の問題はそのまま、情報内容の問題に引き継がれ、それは視聴者にとって最も大きな問題です。

■本当はもっとひどい被害なのだという説があり、一方、テレビでは「ただちに身体に影響を及ぼすものではない」という見方が流される。どちらを信じたらよいかわからないままに時間が流れる。(女68)

■我々が知りたいのは、第一原発であれだけの事故があったのに第二原発はあまり被害がなかったのはなぜか。津波の大きさ、海岸の地形その他いろいろ異なる点はあったと思いますが、そのことについての解説は全くないのがむしろ不思議です。(男 76)

■民放だけじゃない。NHKだって同じだ。御用学者の空疎で無意味な解説を垂れ流すだけなら、プロパガンダと変わらない。「ほんとうはいまなにが起こっているか」が知りたくてテレビをつけても、政府と電力会社に操作された情報しか知りえないのでは、報道の名に値しないと思う。いまのところ水道水はじつは無害だ、といった生活情報もいいけれど、パニックを煽るのを恐れるあまり、というより煽ったという批判を避けようとするあまりか、原発事故の実態と現状があまりにも伝えられなさすぎるのだ。(男 46)

■「他局に比べたら、情報がはやく伝わるイメージとインターネットで見れるという点で震災直後はNHKを見る機会が多くありました。記者会見や原発の情報についての報道ばかりやっているように感じた。被災地出身の私にとっては、地元がどうなっているかという現状を知りたかったが…すぐに、映像が切り替わり、はがゆい思いをした。」(女 24)

■地震・津波の凄まじさ、被災者の窮状についての報道では、NHKをはじめすべての番組が、「類型化・同質化」しているのに、辟易します。記者たちは、避難所を訪ねて「今、何が一番必要か」と、揃って同じ質問を繰り返す。こんな時間があるなら、貴重な機会を活かして、避難者の希望を募って、避難場所ごとにその無事な顔を順次放映したら、どれほど役立ったか知れません。」(男 72)

■「被災者の安否情報はもっと工夫できないかと感じた。」(男 56)

■「震災発生から記者が現場へ入るまでの2〜数日は、NHKを含めどの局も「傍観者目線」で被災地との温度差が非常に大きい。科学的分析や発表情報の繰り返しのみで、大規模地震と想定されるなら、今何が必要か、何が必要とされるはずか、など、国民全体の課題として「行動の参考になる重要情報」を示すべき。教訓は過去の大震災で多々得られているはず。たとえば、非被災地では車を使うな、買い物を控えろ、物流は○日程度で回復するはずだからそれまでは自宅にあるもので食いつなげ、などなど」(女 40)

(3) テレビ局の対応について

日本のテレビ放送(少なくとも東京の地上波)は、基本的にNHK5波(3月いっぱい、4月からは4波)、民放5波の計10波あります。これらが、良く言えば独立性を保って、悪く言えば何の脈絡もなく勝手に放送しているのが実情です。NHKに関しては、当初5波とも同じ内容を流していました。その結果、番組内容が単一となり、他の番組を見たくても見られない事態が生じました。しかし、同一組織なのだから当然ですが、途中からETV(教育放送)とBS2を個人の安否情報にするなど、役割分担をしました。

しかし、当初、すべて同じ放送にする必要が本当にあったのかどうか、議論のあるところです。阪神淡路大震災の時には、そのため、耳の不自由な人が情報を待ちかねていた「手話放送」をつぶしてしまい、その人たちを失望させたことがありました。そういう反省をどのように生かしたのでしょうか。今回は、地震が発生した3月11日の夜の「手話ニュース」はありませんでしたが、12日からETVとBS2で12時前、15時前、17時前、20時前に放送されています。阪神大震災時の教訓は、翌日からは生きたと考えられますが、当事者にしてみれば、その日に他の人と同じように知りたかったでしょう。

民放各局は、それぞれが独立した局だから、独自に取材し報道せざるを得ないと考えるでしょうが、視聴者にとっては、せっかくそれだけ違うチャンネルがあるなら、それぞれが役割分担をして有効に放送を活かしてほしいという気持ちが生じます。それが、つぎのような意見につながってきます。

■地震後数日は各局が震災関連一色であったのはやや違和感がある。他の重要なニュースもあったはずである。また、局によって役割分担して、より多くの情報が流れるようにすべきであった。(男 70)

また、当初、この震災についての名前が定まりませんでした。被害の実態が分かるにつれ、大方のメディアが「東日本大震災」と呼ぶようになったのですが、NHKだけは当初の呼び名を変えなかったので、そのために、次のような批判が出たのでしょう。

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